第1章:また、ひとつの命が「遺された」
1988年(昭和63年)5月20日、東京・台東区。JR上野駅・広小路口にあるロッカー室の2階保管倉庫で、またもや男性の新生児の遺体が発見されました。
この赤ちゃんは、身長50cm、体重3100gと、発育状態はほぼ正期産。体にはへその緒と胎盤がついたままで、産後間もない状態であることが明白でした。
場所は一般の乗客が立ち入らない保管エリア。ロッカー利用後に一定期間引き取りがなかった物品を管理する場所で、管理員が点検中に異臭に気づき通報。この日、またひとつの命が「誰にも知られずに」終わっていたことが明らかになりました。
第2章:「佐藤栄次」という名前──区長による命名
この赤ちゃんもまた、身元を特定する情報が一切存在しないまま発見されました。所持品もメモも、衣類すらなく、性別は「男性」とされましたが、母親はもちろん父親や関係者の情報も皆無でした。
そのため、前例に倣い、戸籍法第58条に基づき、台東区長がこの赤ちゃんに「佐藤栄次(さとう えいじ)」という名前を与えました。本籍地は、行政手続き上の慣例として台東区東上野四丁目五番地が指定されました。
これにより、「佐藤栄次」くんは、日本国の戸籍に登録され、法律上は“この国に存在した一人の人間”として認められたのです。
第3章:前例と重なる事件──「3月31日」の記憶
この事件が特異なのは、それがわずか2か月前に発生した同様のケースと酷似していたことです。
1988年3月31日には、同じく上野駅のトイレで「鈴木実」と命名された未熟児の遺体が発見されたばかりでした。
- 鈴木実くん:4月6日命名(トイレ内)、身長35.5cm、体重900g(未熟児)
- 佐藤栄次くん:5月20日命名(ロッカー内)、身長50cm、体重3100g(正期産)
この2件に共通するのは以下の点です:
- 発見場所が上野駅構内
- 母親・関係者不明
- 出産直後の遺棄
- 遺体にへその緒・胎盤が付着
- 区長による命名・本籍付与
- 火葬と台東区内での遺骨保管
この短期間に、同一の駅構内で、複数の新生児遺棄が発生していたという事実は、偶然では済まされない重さを持っています。
おそらく上野駅と言う場所を考えると地方から上野にやって来たのでは無いかと推測されます。
第4章:繰り返される「見えない出産」──なぜ助けに届かないのか?
この一連の事件は、単なる“個別の悲劇”としてではなく、社会構造が抱える課題の表れと考えるべきです。
当時(1980年代後半)は、まだ妊娠・出産に対する社会的支援や情報提供が十分とはいえず、以下のような女性が孤立しがちでした:
- 未婚・若年妊娠による家族からの排除
- 性的暴力や望まぬ妊娠
- 経済的に病院にかかれない状況
上野という大都市の中枢で、これだけ支援の届かない“見えない命”が相次いでいたという事実は、今の私たちにも強く突きつけられるべきものです。
第5章:火葬、そして無言のまま保管される遺骨たち
佐藤栄次くんと鈴木実くん、2人の赤ちゃんは身柄引取人が現れなかったため、火葬されたのち、台東区内の施設(おそらく寺院・納骨堂)にて遺骨が保管されています。
行政は定められた手続きに則り、法律的な尊厳は守られました。しかし、その命が「なぜ生まれ」「なぜこのような最期を迎えたのか」は、今も誰にも語られていません。
まとめ:名前が与えられた命たちからの問いかけ
名前がなければ、法的にも記録にも「存在しなかった」ことになってしまう。
だからこそ、鈴木実くんも、佐藤栄次くんも、名を与えられた──。
その行為は、区長という行政の代表が、**社会の側からわずかに差し出した「人間としてのまなざし」**でした。
そして私たちには、こうした命が繰り返し捨てられない社会をつくる責任があります。
赤ちゃんを捨てる母親をただ責めるのではなく、声を上げられなかった背景に耳を傾け、支援の制度を見直し、社会のつながりを取り戻す。
それが、「もうひとりの栄次くん、実くん」を生まないために、今、できることです。



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