第1章:発見現場は“奥多摩の山林”
1988年(昭和63年)3月28日、午後4時30分。
東京都西多摩郡奥多摩町の山林内(原1011番地2先)で、人骨の一部を発見した登山者が通報。
調査の結果、発見されたのは一人の男性と推定される白骨遺体でした。
死後相当の年月が経過しており、服装や持ち物からの情報が身元の手がかりとされましたが、本籍・住所・氏名は不明のまま。
第2章:「2基の位牌」──遺されたものの異様な重さ
遺体の傍には、以下の遺留品がありました:
- 現金50円
- 青色の小型バッグ
- 位牌2基
- 空色の背広上衣
- 黒色ズボン
なかでも目を引くのが、**「位牌(二基)」**という極めて異例の所持品です。
位牌(いはい)とは、仏教における死者の霊を祀るための木札で、故人の戒名や俗名、没年月日などが記されるもの。
一般に家庭の仏壇で保管されるものであり、外に持ち出すことはまずありません。
それを「2基」も所持していたことから、以下のような推測が成り立ちます:
▸ 両親の位牌を所持していた可能性
もっとも自然なのは、亡き父母の位牌を携え、何らかの理由で山へ向かったというもの。
彼にとってその位牌は、生活のよりどころであり、生涯の支えだったのでしょう。
▸ 「連れ添い」の位牌と、自分が準備した自分のもの
もう1つの可能性は、生涯の伴侶の位牌と、自分自身の死を予期した仮の位牌だったという解釈です。
これが事実なら、彼の行動は明確な“終活”と自死の意思を示すものとも受け取れます。
第3章:死因不明、名前もなし──“記録されない死”の構造
この男性は、以下のような状態で発見されました:
- 推定年齢:57歳前後
- 死後長期間経過し白骨化
- 所持金はわずか50円
- 身元不詳のまま火葬・遺骨は保管中
行政は告知を出し、「心当たりの方は住民福祉課へ」と呼びかけましたが、2024年現在に至るまで、身元判明の報告はありません。
この事案は、「名前がわからない」だけで、死が社会的に“無”として処理される現実を物語っています。
第4章:奥多摩という場所の意味
奥多摩町──
東京都でありながら、東京とは思えないほどの山間部。
登山・林業・水源地として知られ、都会とは対極の自然に囲まれた静かな場所です。
なぜ彼はこの場所を“最期の地”に選んだのか。
それは、以下のような想いがあったのではないでしょうか:
- 都会から離れ、人知れず死にたいという願い
- 両親(あるいは誰か)と一緒に眠りたかったという祈り
- 「葬送の地」として、自然に還る意識を持っていた可能性
遺体の服装が背広上下だった点も、**「準備してきた死」**を強く感じさせます。
スーツを着て山に入る人は、まず登山目的ではないからです。
第5章:「誰にも知られずに」でも「何かを抱いて」死んだ
この男性は、名を知られず、過去も知られず、家族も友人も名乗り出ないまま火葬されました。
しかし、彼のバッグの中には「2基の位牌」があった。
そのことが、彼が人との絆を持ち、祈り、愛し、誰かの死を受け入れて生きてきたという証です。
私たちは、この“無名の死”をただの行政処理ではなく、ひとりの人間の尊厳ある最期として記録し、受け止めなければならないのではないでしょうか。



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