殺されたのに“無名の死”──刃物で刺され死亡した男性が行旅死亡人として葬られた理由

第1章:「刺されて死亡」した男が“行旅死亡人”だったという衝撃

1988年(昭和63年)6月20日午前4時30分、大阪市東住吉区住道矢田三丁目。
夜明け前の静かな路上で、若い男性の遺体が発見されました。

  • 年齢推定:20〜30歳
  • 身長:164cm
  • 体型:やせ型・面長
  • 着衣:白の半袖シャツ、グレーズボン、クリーム色のつつかけ(薄い上着)
  • 遺留金品:なし

そしてなにより決定的だったのは、**死因が「刃物による刺創」**だったこと。
司法解剖の結果、刺切破(しきれやぶられ)による死亡と判明しています。
つまり、明らかに殺人事件です。

「刺切破」は、医学的な用語で、刺創、切創、裂創などの外傷を指す一般的な言葉です。特に、皮膚の表面が破れたり、切れたり、または組織が破砕されたような損傷を表します。

それにもかかわらず、彼の死は“行旅死亡人”として処理されました。


第2章:「行旅死亡人」とは何か?

「行旅死亡人(こうりょしぼうにん)」とは、戸籍上の身元や家族・住所が分からないまま死亡した人を指します。
通常はホームレスや独居高齢者、社会的孤立者が該当し、次のような行政対応がされます:

  • 身元不明のまま行政が火葬手配
  • 遺骨は市の納骨堂・無縁墓地へ
  • 官報で公示し、引取人を募る
  • 検視はされるが、捜査は限定的

しかし今回は、「明確な他殺」であり、通常なら殺人事件として刑事事件に発展すべき案件です。
にもかかわらず、“身元不明”という一点により、彼は「殺された人」から「無縁の行旅死亡人」へと転化されたのです。


第3章:捜査はされたのか?──「事件」が“処理”された瞬間

当時の報道や警察記録が乏しいため、犯人逮捕の有無は不明です。
また、被害者の身元特定も進まないまま、事件は司法解剖後に火葬処理されました。

ここで考えるべき重大な問題があります:

  • 遺族が現れないことと、殺人事件として扱うことは別ではないのか?
  • そもそも殺人犯が未逮捕であれば、事件は終わっていないのではないか?

本件のようなケースでは、身元不明=誰も訴追できない=“未解決”のまま放置される危険性が極めて高いのです。

第4章:なぜ、彼は名前を失っていたのか?

推定年齢は20〜30代。
その若さで、名前も所持金も身分証もなく、真夜中の路上で殺害された理由は一体なんだったのか。

可能性としては:

▸ 不法滞在外国人

1980年代後半、日本では外国人労働者の「研修」や「日雇い」が盛んで、不法就労者も多かった

▸ 家族との断絶者、あるいは逃亡者

犯罪歴、組織との関係、DV被害からの逃亡などにより、社会からの“消去”を自ら選んだ人々

▸ 事件の巻き添え

通り魔・金銭トラブル・薬物絡みなど、本人の意思と無関係に事件に巻き込まれた可能性

いずれにせよ、彼の死が「正当に裁かれる対象」にならなかったという点で、現代に続く法の不平等な適用が強く疑われます。


第5章:名前がないと、正義は適用されないのか?

この事件は、**「名前がないと、人は殺されても殺されたことにならない」**という、非常に根深い社会の矛盾を私たちに突きつけています。

殺人であっても、

  • 身元が不明なら捜査が及びにくい
  • 遺族が現れなければ事件化されにくい
  • 行政処理の中で「静かに片付けられる」

果たしてそれが、“法治国家”の姿なのでしょうか?


まとめ:「無名の殺人被害者」を記録するという責任

私たちがこの記録を読む意味は、“事件”の詳細を知るためではなく、
「名前がないというだけで、存在が忘れ去られてしまう人」を記録することそのものにあるのではないでしょうか。

たとえ名前はわからなくても、
たとえ司法が裁かなくても、
その死が、確かに“奪われた命”であることだけは忘れてはならない。

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