第1章:団地の植え込みから見つかった小さな遺体
1987年11月24日午後4時10分。
横浜市栄区公田町740、住宅都市整備公団・公田団地11号棟の西側にある小さな公園の植え込みの土中から、男児の赤ちゃんの遺体が発見されました。
- 身長:41.5cm
- 体重:1,485g(未熟児と見られる)
- 着衣:白色紙おむつのみ、上半身は裸
- 発見時期:11月下旬だが、死亡は10月下旬〜11月上旬と推定
- 死因:不詳
- 所持金品:なし
場所は、住宅団地の日常生活の延長線上にあるような、誰もが通る公園の植え込み。
そこに、まるで目立たないように、土に埋められていたのです。
第2章:なぜ「埋められた」のか?それは“隠す行為”でしかない
この赤ちゃんは、生まれて間もなく亡くなり、布やタオルなどで包まれることもなく、紙おむつ1枚の状態で土中に埋められていました。
この事実から考えられるのは:
- 親が“人に見られることを恐れた”という意図
- 他者の目に触れないよう、“隠した”という明確な意思
- 出産後すぐに、母親か関係者が「遺棄」を選んだこと
生まれたばかりの命を、誰にも伝えず、葬ることもなく、土の中に埋めた──これは明確に**“遺棄”であり、“抹消”です。**
第3章:「鬼畜」とは言いたくないが──母親の孤立と社会の無関心
こうした事件に対し、「鬼畜」「非道」と糾弾する声は当然ですが、同時に考えなければならないのはこの母親がなぜそうするしかなかったのかという社会的背景です。
可能性として考えられる事情:
- 未婚妊娠や10代の出産で、家族・社会から孤立していた
- 経済的・精神的に追い詰められていた
- 出産前後に誰にも相談できなかった
- 病院にもかからず、「産むだけで終わり」と思っていた
もちろん、命を埋める行為は許されません。
しかし、この母親が助けを求める機会も、制度も、周囲の目もなかった社会の責任も問われるべきです。
第4章:白い紙おむつという「人間の痕跡」
この赤ちゃんには名前も、服も、家族も記録されていません。
しかし、紙おむつをつけていたという一点が示すもの──それは、「人間がいた」証です。
- 自然死でも事故死でもなく、人間が“手を加えていた”
- 赤ちゃんとして扱おうという“かすかな意識”
- しかし、最後は土に埋められたという冷徹な現実
この矛盾が、何よりもこの事件の痛ましさを物語っています。
第5章:この命は“なかったこと”にはできない
この赤ちゃんは、誰にも知られず、誰にも抱かれずに亡くなりました。
埋めた人も名乗り出ず、今となっては身元を知るすべもありません。
それでも、
私たちはこの小さな命を「なかったこと」にはできません。
行政により火葬され、記録としては残っています。
けれど、本当に重要なのは、「この赤ちゃんは確かに生きていた」という事実を、私たちが心に留めることです。



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