遺骨も残らなかった赤ちゃん──岩見沢・下水処理場で見つかった“灰だけの命”

第1章:発見は偶然だった──下水施設で見つかった命

1988年(昭和63年)8月9日午後5時ごろ、北海道岩見沢市にある下水道第1中継ポンプ場で、作業中の職員が異物の混入に気づき、通報しました。
調査の結果、それは人間の胎児の遺体であり、性別は男児、妊娠6か月(死産)程度と推定されました。

すでに腐敗が進んでおり、検視の結果、死亡時期は3か月以上前の昭和63年5月上旬ごろ
死因の特定は困難で、事故死か意図的な遺棄かも判然としませんでした。


第2章:「生まれなかった命」としての扱い──死産の法的位置づけ

この胎児は、**妊娠6か月(24週前後)**ということで、**民法および母体保護法上の「死産児」**と判断されました。
つまり、生まれてすぐに死亡した「出生児」とは異なり、戸籍には記録されず、氏名も本籍も与えられません。

本来、死産届は提出義務がありますが、今回のケースでは匿名での廃棄または放置と考えられ、届け出は行われていませんでした
そのため、行政が戸籍法第58条を適用することもなく、「身元不明の死産胎児」として処理されたのです。


第3章:火葬されたが、骨は残らなかった

遺体は検視後、岩見沢市の公共火葬場で火葬に付されました。
しかし、妊娠6か月という胎児の未熟さから、焼骨は形成されず、遺灰のみが残されました。

このため、通常の遺骨保管や納骨堂への安置は行われず、“安置所なし”という扱いに。
「火葬済・記録あり・遺骨なし」という、存在を証明するものが何も残っていない状態となってしまいました。


第4章:名前も骨も残らない──“なかったことにされる命”

この胎児には、名前も、戸籍も、墓標も与えられませんでした。
彼が「ここにいた」という証は、わずかな行政記録と、このような報道記録だけです。

このような扱いは、以下のような理由から生じていると考えられます:

  • 出産した母親が、家庭や社会からの圧力により密かに出産・遺棄した可能性
  • 死産によって、法的にも「生まれてこなかった命」と扱われたこと
  • 遺骨のない遺体に対して、社会が“記録しない”ことを当然としたこと

しかし、たとえ法的に「死産」と分類されようとも、確かに存在していた命であり、その死には「記録されるべき意味」があります。


第5章:声なき赤ちゃんが遺した問い

この事件は、「名前がない死」の極限ともいえるケースです。
しかも、遺体の原型も失われ、埋葬もされなかった命

私たちはこの事実に、ただ「かわいそう」と反応するだけでなく、次のような問いを立てなければなりません。

  • なぜ、この命は社会に見つけてもらえなかったのか?
  • なぜ、出産した母親は届け出もせず、遺棄したのか?
  • なぜ、名前を与える制度が適用されなかったのか?
  • そして、こうした命を次に生まれさせないために、私たちは何ができるのか?

まとめ:灰だけになった命、それでも「ここにいた」

岩見沢で発見された男児は、名前も記録も、そして遺骨すら残りませんでした。
しかし、その存在を知った私たちが忘れなければ、その命は決して無意味ではありません。

“記録されない命”に、記録という形で光を当てること。
それは、過去の悲劇を「なかったこと」にしない、私たちにできる最も小さくて、最も大切な弔いです。

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