「ひろみ」と名乗った女性の死──病と孤独の果てに名もなく消えた命

第1章:病院で静かに息を引き取った「ひろみ」と名乗る女性

2023年5月5日、午後5時59分。
福井県にある日本赤十字社福井赤十字病院で、ひとりの女性が亡くなりました。

死因は、左卵巣腫瘍の悪化による多臓器不全
病は長く彼女の身体を蝕んでいたと見られますが、最期は病院のベッドの上で静かにその命を終えました。

彼女は、生前福井市加茂河原2丁目10番1号 信開ウエラコート311号室に住み、近所では「ひろみ」と名乗っていたといいます。
年齢は40~50代。身長155cm。亡くなる前、自らを山口県岩国市出身で、昭和42年4月8日生まれだと語っていたといいます。

しかし、その情報は最終的に確証を得ることができず、戸籍も確認されなかったため、彼女は「行旅死亡人」として、身元不明者のまま記録されることになりました。


第2章:背中と手首に刻まれた、生きづらさの痕跡

彼女の身体には、**2つの瘢痕(はんこん)**が残されていました。

  • 背中左側の外表面に、掌大(てのひら大)の瘢痕
  • 右手首の内側に、線状の瘢痕

とくに後者──右手首の線状の傷跡は、繰り返された自傷行為の痕跡である可能性が高いと見られています。

自傷行為、いわゆる「リストカット」は、単なる“死にたい”という欲望の発露ではなく、「生きることが苦しい」「誰かに気づいてほしい」「痛みを痛みで消したい」──そういった複雑な感情が絡み合った行動です。

さらに、背中の大きな瘢痕は、過去の外科的手術、やけど、事故、あるいは家庭内暴力などの影響も考えられます。

彼女は「病」と「痛み」だけでなく、見えない何かとも長年、戦ってきたのかもしれません。


第3章:社会の網からこぼれた命──「行旅死亡人」とは何か

この女性の死は、法律上は「行旅死亡人」として扱われました。

行旅死亡人とは、身元が不明なまま亡くなった人に対して、自治体が火葬や公告を行い、その死を最低限の形で処理する制度です。
名前や戸籍が判明しない限り、「誰かの親族」として扱われることはなく、社会の制度的な“外側”で死んでいく人たちのための仕組みでもあります。

彼女には、「ひろみ」という名前があった。
誕生日も、出身地も、本人は語っていた。
けれど、それを裏付ける戸籍も、家族も、誰ひとりとして名乗り出る者はいませんでした。

名前があっても、記録されなければ、“名前のない死”として扱われてしまう。
それが、この制度の冷たくも現実的な側面です。


第4章:名前があっても、誰も知らないという現実

私たちはよく、「名前さえあれば安心だ」と思いがちです。
けれどこの女性のように、自らの名前を語り、住所を持ち、生きていたとしても──誰かとの社会的・法的な“つながり”が確認できなければ、その死は「無縁」とされてしまうのです。

それはつまり、名前があっても、「知られていない命」は、誰にも引き取られないまま消えていくということです。

ひろみさん(仮)は、病気の苦しみと向き合いながら、誰にも迷惑をかけずに暮らそうとしたのかもしれません。
けれどその結果、死の瞬間には誰もそばにおらず、彼女の人生を語れる人はひとりもいなかった。

それは、私たちが今生きるこの社会の、もうひとつの「死に方」を示しています。


おわりに:声なき死に、私たちはどう向き合うか

福井市で亡くなったこの女性は、
名前を名乗っていた。住所もあった。病院に通い、診断も受けていた。
けれど、死後に誰も引き取らず、記録もされず、最終的には「不詳」として火葬されました。

「行旅死亡人」は、名前のない命ではなく、**“記録されなかった命”**です。

それはけっして稀な例ではなく、都市の孤独、制度の限界、関係性の断絶が生む“静かな死”のかたちなのです。

彼女の生きた証は、いま、この文章としてここに記録されました。
誰も語らなかった死を、誰かが書き留める──それが、彼女にとって最後の“つながり”かもしれません。

どうか、名もなき死が、無意味なものとして風化しませんように。
誰かが彼女のことを、「確かに生きていた人だった」と覚えていてくれますように。

コメント