第1章:通称「向崎海岸」で見つかった遺体
1988年(昭和63年)2月3日午後1時45分。
島根県簸川郡(現在の出雲市)大社町鷺浦、通称「向崎海岸」付近の海で、1体の遺体が漂流中に発見されました。
- 性別:男性
- 推定年齢:50歳前後
- 身長:167cm、中肉
- 着衣:ベージュのハイネック長袖シャツ、白いポロシャツ、灰色ズボン、運動靴(右足のみ)
- 所持金:740ウォン、千ウォン札の断片
- その他:ハンカチ
- 死後経過:約2~3ヶ月
- 死因:溺死
- 遺体の処遇:火葬後、仮埋葬済み
このように、漂着から発見までは短時間であったが、死後すでに数ヶ月が経過していたと見られています。
第2章:遺留品の「ウォン紙幣」が示す出自
最も注目すべき遺留品は、以下の通貨類です:
- 740ウォン(金額から見て、韓国・朝鮮圏)
- 千ウォン札の破片
ここで重要なのは、日本では流通していない「ウォン」が所持されていたことです。
ウォンは現在、韓国と北朝鮮の両国で使われる通貨名ですが、当時の国際状況や金額の特徴から、北朝鮮のウォンである可能性が高いと考えられます。
加えて、他の特徴も含めて考察すると:
- 靴が片方だけ=荒れた航海・事故を示唆
- 運動靴、重ね着=船上での活動・防寒対策の可能性
- 島根県の海岸=北朝鮮からの密航・漂着事例の頻出地域
これらの情報から見ても、何らかの密航・脱北・漂流中の事故死である可能性は極めて高いと判断されます。
第3章:島根県沿岸部と「北からの漂着遺体」
実は、島根県西部から山口県、そして能登半島に至る日本海側の海岸線は、古くから「漂着死体」の報告が多いエリアです。
その背景には:
- 北朝鮮や中国の沿岸からの密航船の出航
- 天候悪化や機器不良による航行不能
- 日本への密入国・脱北者の増加(1980年代の特徴)
があり、とくに冬季(11月~2月)には日本海の海流が北東から押し寄せるため、遺体や船体が漂着するリスクが非常に高いとされていました。
また、当時の報道によれば、北朝鮮からの木造船の漂着が年に数件確認されていたという記録もあります。
第4章:なぜ“身元不明”のまま処理されるのか?
このような遺体は、以下の理由で日本国内では「行旅死亡人」として記録・処理されます:
- 外国人登録証やパスポートなどの身分証明書類を一切所持していない
- 本人確認が不可能(DNA鑑定や顔写真照合の手段が乏しかった時代)
- 外交上、北朝鮮との接触が困難だった(当時は正式な国交なし)
そのため、地方自治体は形式的に以下の手順を踏みます:
- 行旅死亡人として市町村に届出
- 火葬し仮埋葬(無縁墓地など)
- 官報や市報で「心当たりのある方」の告知
つまり、**人知れず密航に失敗し、命を落としたとしても、身元が分からなければ国籍も歴史も「消されてしまう」**のが現実です。
第5章:この男は、何を求めて日本海を越えようとしたのか?
私たちは知ることはできません。
- 彼は脱北者だったのか?
- 密輸や密航の手助けをしていた人物だったのか?
- それとも、ただ生きるために日本を目指した人間だったのか?
分かっているのは、
彼は冬の日本海を渡ろうとし、そして命を落とし、誰にも名前を呼ばれることなく、仮埋葬されたという事実。
**“密航者”でも、“脱北者”でもなく、“ひとりの人間”**として、彼の記録は残されるべきです。



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