千歳空港のコインロッカーで見つかった命──新生児遺棄が語る“見えない母親”の悲劇

第1章:千歳空港で見つかった、ひとつの小さな遺体

1988年(昭和63年)11月29日。北海道・千歳空港(当時の旧ターミナルビル)のコインロッカー内で、出産直後の男性新生児の遺体が発見されました。発見者はロッカーの異臭に気づいた清掃員で、すぐに空港警備と警察へ通報されました。

ロッカーの中には、小さな包みに包まれた生まれたばかりの赤ちゃんの遺体がありました。発育状態から見て、**身長約47cm、体重約3000gと、ほぼ正期産(予定通りの出産)**とみられています。

しかし、遺体はすでに死後3週間以上が経過しており、腐敗が進行していたため、死因の特定は不可能とされました。母親や関係者を示す情報や物品は一切見つかっておらず、赤ちゃんの身元は現在に至るまで不明のままです。


第2章:出産直後の新生児──なぜ遺棄されたのか?

司法解剖の結果、赤ちゃんは明らかに出産直後の状態であると判断されました。つまり、誰かがこの子を出産し、そのまま空港へ持ち込んだ、あるいは出産直後に死亡した子を持ち込んだ、ということになります。

事件当時、母親の特定には至らず、以下のような複数の可能性が推定されていました:

  • 未婚女性や若年出産者による「望まぬ妊娠」
  • 経済的・社会的理由で育てられなかった
  • 家族や周囲に妊娠を隠し通した“密室出産”
  • 出産直後に死亡し、パニックで遺棄した

こうした「出産直後の遺棄死」は、当時の日本でも年に数件以上確認されており、罪に問われることを恐れて誰にも相談できない女性が、赤ちゃんを隠すように遺棄するケースが多発していました。

この様な事例を考えると「赤ちゃんポスト」の社会的意義が光を浴びる事でしょう。


第3章:「空港」という場所が持つ意味

赤ちゃんが発見されたのは、国内外から多くの人が集まる交通の要所・千歳空港。なぜ空港という場所だったのか、それもまた不可解な点のひとつです。

考えられる理由には以下のようなものがあります:

  • 移動の途中で生まれた可能性(旅行・逃避行)
  • 出産後に遠く離れた土地に向かう前に遺棄した
  • “匿名性”を求めて空港という場を選んだ

空港のロッカーという場所は、不特定多数が利用でき、一定期間開けられないという特性があります。そのため、一時的に“隠す”場所として選ばれた可能性が高いものの、意図的な殺害か、偶発的な死後の隠蔽かは判断できません


第4章:防犯カメラの無かった時代の“足跡のなさ”

事件が起きた1988年当時、空港や駅に防犯カメラはほとんど設置されておらず、あってもモノクロかつ数も限られていました。また、録画の保存期間も数日~1週間ほどが一般的で、発見時点ですでに録画データが存在しなかった可能性もあります。

さらに、航空券購入や宿泊などに必要な個人情報の提示も、現在のような厳格さはなく、身元不明者が移動することも容易だった時代です。警察は空港周辺の聞き込みや失踪者リストとの照合を行いましたが、母親特定には至らず、事件は「新生児遺棄事件」として扱われました。


第5章:火葬、そして納骨──遺骨は今も安置されている

赤ちゃんの遺体は、発見から一定の調査・検視を経て、千歳市内で火葬され、光明寺に納骨されています。現在もこの寺院には、身元不明者や引取人のない遺骨が安置されており、“無言のままの命”の記憶を守る場となっています。

市では当時から「心当たりの方は福祉課まで」と呼びかけていましたが、情報提供はなく、母親は名乗り出ることも、特定されることもありませんでした。


まとめ:名もなく、愛もなく、それでも確かに生まれていた命

この新生児の死は、単なる「遺棄事件」ではありません。そこには、母親の深い絶望、社会的孤立、そして制度の隙間が存在していました。

「子どもを産んではいけない」と思い詰めた末の行動だったのか、あるいは、「助けを求める術を知らなかった」若い女性の行き場のない声だったのか──。

私たちが今できることは、この出来事を風化させず、困難を抱える妊産婦が誰にも知られずに絶望の中で選択を迫られない社会をつくることです。

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