第1章:納屋でひっそりと見つかった男の遺体
1988年(昭和63年)11月12日、愛知県碧南市下重原町。住宅の一角にある納屋の中で、ひとりの男性の遺体が発見されました。
発見者は納屋の所有者である尾嶋周一氏。倉庫として使用していた建物の内部で、物音や気配に気づいた周一氏が中を確認したところ、黒いジャージ姿で倒れている男性を発見。すでに死亡していたとのことです。
警察による検視と所持品の確認の結果、この男性の名前と生年月日が記載されたメモ類が見つかり、本人は「斉藤静雄(さいとう しずお)」、昭和11年(1936年)3月3日生まれと判明しました。
しかし、驚くべきことに、戸籍の登録がなく、本籍も住所も不明。身元引取人もいなかったのです。
第2章:「斉藤静雄」さんの記録に残された姿
検視の記録や発見時の所持品から、斉藤さんの生活の一端が垣間見えます。
- 性別:男性
- 年齢:52歳(当時)
- 身長:163cm/体型:やせ型
- 歯の状態:右上犬歯、右下第一大臼歯のみ現存
- 服装:黒のジャージ上下/黒メッシュの靴
- 所持品:腕時計1個、簡易ライター1個
所持品は非常に少なく、現金や身分証、通帳などはなく、長期にわたって住所不定の生活をしていた可能性が高いと見られています。
また、歯の状態から長年にわたる栄養不良や医療放置が疑われ、身体的・経済的に厳しい暮らしを送っていたことが推測されます。
第3章:なぜ「名前は分かっている」のに“無縁死”なのか?
このケースで最も胸を打つのは、「名前と生年月日は判明しているのに、戸籍が存在せず、誰にも引き取られなかった」という事実です。
通常、名前と生年月日が分かっていれば、住民登録、戸籍簿、健康保険記録、年金記録などから身元が確認されます。しかし斉藤さんの場合、それらの行政記録が一切残っていなかったのです。
考えられる背景:
- 出生届が提出されなかった(戸籍未登録者)
- 長年住所不定で、住民票が失効・除籍されていた
- 家族や親族との絶縁、または完全な孤立
- 本人が過去に名前を使い分けていた可能性
結果として、斉藤静雄さんは「名前がある無戸籍者」として扱われ、行政のどのシステムからも孤立した存在となっていたのです。
第4章:火葬と納骨──最期の処遇
斉藤さんの遺体は、発見から5日後の1988年11月17日に火葬され、刈谷市の青山斎園に納骨されました。
引取人が現れなかったため、葬儀や通夜は行われず、行政による最低限の手続きで最期を迎えることになりました。
火葬や納骨の費用は、地方自治体の生活保護法による葬祭扶助が適用されたと見られます。
納骨された場所には氏名の記録があるものの、面会に来る人は一人もいないとされています。
第5章:「名はあるが、居場所のない人」をどう扱うか
斉藤静雄さんの事例は、現代の日本における**「名前はあるのに、どこにも記録されていない人」**の存在を強く突きつけます。
こうした人々は、以下のような問題に直面します:
- 医療、福祉、年金など社会保障制度にアクセスできない
- 住居が確保できない
- 銀行口座や携帯電話契約すら難しい
- 死亡しても、誰にも知られない
これは決して過去の話ではなく、現代の都市部でも住所不定者、無戸籍者、高齢のホームレスが増加しており、同様のケースが日々発生しています。
まとめ:斉藤静雄さんという“誰でもない誰か”が残した問い
斉藤静雄さんは、「名もなき死者」ではありません。名前があり、生年月日もあり、人としてこの世界に存在していたにもかかわらず、誰にも見送られることなく、ひとりで死を迎えました。
この事実は、個人の責任だけでなく、社会の制度と意識が取りこぼしてきた人々の存在を意味しています。
斉藤さんの死が、“誰か”ではなく“私たちの社会”の問題として受け止められる日が来ることを、願ってやみません。



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