第1章:西成・高架下で発見された遺体
1988年(昭和63年)8月30日午後5時55分。大阪市西成区山王三丁目、阪神高速松原線の高架下。
道路脇の薄暗いスペースで、一人の男性が遺体で発見されました。
その男性は、昼間からそこに横たわっていたと見られ、死亡推定時刻は午後3時頃。
目立った外傷や争った形跡はなく、死因は肺結核による衰弱死と推定されました。
いわゆる「野宿死」とも言えるケースですが、遺体の特徴には、いくつもの異常な“サイン”が残されていました。
第2章:小指欠損、刺青──“仁義の人”だったのか?
男性の身体的特徴は、一般的な路上死とは明らかに異なるものでした。
- 年齢:推定40~50歳
- 身長:160cm、やや小柄
- 手術痕:腹部に2本(12.5cmと16cm)
- 右手小指が欠損
- 右太腿に牡丹の花と「純子」の刺青
- 陰茎の亀頭部に「仁」の刺青
このうち、小指欠損と牡丹の刺青は、明らかに“ヤクザ的サイン”と解釈されうる特徴です。
▸ 小指の欠損
通称「指詰め」は、暴力団内部での謝罪や服従のしるしとされており、過去の抗争や懲罰の可能性を示唆します。
▸ 太ももの刺青「純子」
これは、愛人や妻、運命を共にした女性の名を入れる伝統的な風習に沿ったものです。ボタンの花は「任侠」「覚悟」の象徴とも言われます。
▸ 陰部の「仁」
“仁義”の「仁」──つまりは、任侠の世界に身を置いた証としての印象が強いと言えます。
第3章:「肺結核で路上死」──現代では考えにくい死因
この男性の死因とされる肺結核は、現代では稀な死因と思われがちですが、1980年代の西成では違いました。
西成と結核の背景:
- 日雇い労働者の密集地で、医療アクセスが極めて悪い
- 過酷な生活環境、栄養失調、感染症の蔓延
- 当時も路上生活者の死因の上位に結核が挙げられていた
- 感染しても治療を受けられず、「黙って死んでいく」ケースが存在
つまり、この男性は、自らも病と孤独を抱え、誰にも看取られずに最後を迎えたのです。
第4章:「日和田」の印鑑──本当の名前だったのか?
遺留品は1点だけ、それが**「日和田」という名字の印鑑**でした。
この印鑑は以下のように解釈される可能性があります:
- 本名が「日和田」であった可能性
- 偽名や組織内での通名である可能性
問題は、これだけの手がかりがありながらも、本籍・住所・氏名が一切確認されなかったことです。
当時の行政記録、戸籍、住民票などと照合しても一致せず、身元不明のまま火葬され、遺骨の引取人もいませんでした。
第5章:「暴力団構成員の末路」か、「ただの孤独な男」か
この男性がかつて暴力団に所属していた可能性は高いですが、同時にそれは、彼の人生の一部でしかありません。
- 誰かに仕え、何かに背き、誰かに尽くしたかもしれない
- 誰かを愛し、その愛に破れ、ひとりで生きたのかもしれない
- 「純子」と名乗る女性が、かつて存在したのかもしれない
西成の高架下で、誰にも看取られずに死ぬ──
それは“社会の底”のようにも思えますが、実はそこには、**「記録されなかった人生」**が確かに存在していたのです。
まとめ:誰にも知られずに、でも確かにここにいた
刺青も、結核も、小指の欠損も、印鑑も。
すべては、この男が生きた証です。
しかし、名前がなければ、その証も「なかったこと」にされてしまうのが、現代社会の現実。
私たちができることは、こうした「声なき死」を記録として残し、忘れないこと。
それが、ほんの少しの弔いとなり、「仁」を背負った男への、最後の“仁義”となるのかもしれません。



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