千代田区に戸籍を持つ男、横浜の廃工場で孤独死──刺青と破片が語る“消された人生”

第1章:「浅野満雄」という名前が残された珍しいケース

1988年(昭和63年)5月6日午前7時10分。
横浜市南区花ノ木町の廃工場内で、高齢男性の遺体が発見されました。

異例なのは、他の多くの“身元不明者”と異なり、この男性には次の2点が記録されていたことです。

  • 本籍:東京都千代田区○町三丁目七番二号
  • 氏名:浅野満雄(あさの・みつお)

ただし、記録には「自称」との記載がある可能性も否定できません。つまり、本人確認の“最終証明”としては不完全だった可能性もあります。


第2章:「もみじとくもの刺青」「指欠損」──彼の身体が語る過去

この男性の身体には、明確な“過去”の痕跡が残っていました。

  • 左肩から下にかけて、もみじとクモの“すじ彫り”刺青
  • 右手指の中節から欠損(いわゆる“詰め指”)

▸ 刺青:

「すじ彫り」は、伝統的な和彫りの技法で、線彫りのみを施すもの。
もみじとクモは、それぞれ「儚さ」や「執着」を象徴する意匠であり、任侠・やくざ文化に親しんだ人物が好む組み合わせです。

▸ 指の欠損:

これは暴力団の世界における「詫び指」の可能性が高く、何らかの“組織的関係”にあった過去を示唆しています。


第3章:なぜ“千代田区本籍”の人間が横浜の廃工場にいたのか?

東京都千代田区といえば、皇居を中心とした政官財の中枢が集まるエリア。
この地域に本籍があるという事実は、次のような可能性を示唆します:

▸ 家系は“まとも”な出自であった可能性

家族に公務員や企業関係者がいた、あるいは戸籍上だけ移された場合もある

▸ 登録だけの形式的な本籍地

住所や実生活は別にあったが、戸籍が動かされていないだけだった可能性

一方で、彼が亡くなった場所は横浜の工場跡地
そこで3日前から誰にも気づかれずに死んでいたことを考えると、路上生活に近い状態だったと考えられます。


第4章:彼が残した“日用品”と“かけらの人生”

所持品の中には、実に多くの“個人の生活”を示すモノが詰まっていました:

  • 財布、写真2枚
  • タバコ、缶切り、小型ラジオ、将棋の駒6個
  • イヤホン、外用剤、貼り薬、かばん2つ
  • メガネ2個、キーホルダー、現金2,215円

これらは、貧しくとも自己表現や娯楽、生活への意思を捨てていなかったことを証明します。
特に「将棋の駒」は、彼が誰かと指していたのか、自らに向けた時間つぶしだったのか、想像を掻き立てます。


第5章:肝硬変による死──“静かな終わり”の裏にあった可能性

死因は肝硬変。飲酒や慢性肝炎、栄養失調が原因で進行することが多く、生活困窮や野宿状態とも親和性の高い疾患です。

ただし、気になる点は以下の通り:

  • なぜ廃屋で一人きりで死んでいたのか?
  • なぜ家族や関係者の“照会”がなかったのか?
  • なぜ本籍と氏名があるのに身元不明扱いに近い処理がされたのか?

彼が“社会から自ら姿を消した”のか、“誰かに消された”のか。
刺青や指の欠損が、かつての世界との決別を意味するものだったとすれば、
暴力団関係からの逃亡、または破門・粛清といった「深い影」が潜んでいる可能性もあります。


まとめ:記録に残った男、記憶に残らなかった人生

浅野満雄。名前はある。戸籍もある。遺品もある。
けれど、その人生を振り返る者は誰もいなかった

横浜の廃工場で、タバコとラジオに囲まれて死んでいった63歳の男性。
刺青と将棋の駒が語る、誰にも理解されずに消えていった一つの人生

私たちはこの死を、“社会の片隅”で終わった小さな事件として流すことなく、
**「名前があっても、誰にも見られなかった死」**として、記憶しておく必要があるのではないでしょうか。

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